オランダの精密農業のリアル!精密農業の長所と課題とは?オランダ畑作農家視察レポート【スマート農業】:オランダ農業大学生インターン記事③

こんにちは。オランダの農業大学で学んでいる、ライターインターン生の森田です。

精密農業、スマート農業、デジタル農業...どこか小難しい用語が農業界で増えていますね。その違いを皆さんはご存じでしょうか?

こう述べておきながら、もしかしたら、その違いを詳しく理解することはあまり重要ではないかもしれません。

むしろ私が大切だと思うのは、これら○○農業がどのような形で農業のあり方に影響を与えていくのか、長所・短所は何なのか、といった視点です。

今回の記事では、以前(新型コロナの影響で、私の通う大学もオンライン授業に移行する直前に)訪れた農家が、どのように精密農業を導入しているか、大まかな費用など、お話しをしてくれた方(長男)が考える精密農業の長短を紹介します。

(pxhere.comより)

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さくっと概要を知りたい方はこちらへ

精密農業とは(スマート農業、デジタル農業との違い)

一応、冒頭で述べた3つの農業の違いを参考までに記しておきます。(といっても、国や研究施設によって定義は違うようですし、違いがあいまいな部分もあるようですが...)

以下こちらのサイト(英文)を参照しました。

精密農業:デジタル技術を使い、生産を監視・最適化する農業経営。農場の場所や作物の個体による違いを考慮する。

スマート農業:情報やデータ技術を使い、複雑な生産システムを最適化する農業経営。

デジタル農業:データ分析とクラウドベースのデータプラットフォームを活用し、農場の内のつながり、内外のつながりを用いた農業経営。精密農業とスマート農業の概念を組み合わせている。

(agtecher.comより)

訪れたのは 170ヘクタールを3人で耕す家族経営の農家

さて、今回クラスの視察で訪問したのは、オランダ中心部のFlevoland州にある家族経営の農園、Akkerbouwbedrijf Sturmです(直訳すると「耕作農業会社 Sturm」。ウェブサイトはこちら)。

お父さんと息子二人で170ヘクタールの土地を耕し、主に馬鈴薯・人参・玉ねぎ・チコリ、そして輪作の一環として麦類を育てています。

精密農業を始めたのは2018年の春。オランダの精密農業の実践の中心となるNPPL(Nationale Proeftuin Precisie Landbouw)(英語でNational Experimental Garden for Precision Farming、直訳すると「精密農業のためのオランダ試験農場」)の専門家のアドバイスを受けながら、複数の分野でこの技術を使い始めました。

精密農業の基盤となるのが、トラクターとその前後に付ける作業機。そしてトラクターの屋根に装着するカメラ、ドローン、コンピューター、ソフトウェアなどです。

今の時代、皆さんが乗る自動車には大抵GPSとカーナビが搭載されているように、オランダや、私が研修で訪れたノルウェーでも、トラクターには大抵、GPSと制御コンピューターが搭載されていました。

(Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

そのため、例えば家のコンピューター上のソフトウェアで処理した情報や指示をUSBメモリで持ち運び、トラクターに差し込むと、指示された作業が自動的に実行されます。

その際、GPS機能を使うことで、的確な位置で動作を行うことが可能になり、また、圃場の位置情報に合わせて土壌や雑草のデータを集めることもできるそうです。

具体的な精密農業導入事例を3つ紹介します!

オランダでの精密農業導入事例 ① 土の状態を把握する

土壌の状態を示す要素には、例えば水分、養分などがあります。

状態によって作物の生育が促されたり、雑草が生えやすくなったりと、様々な影響があります。

土の圧縮度合いも、土壌の状態の指標の一つです。

土が圧縮していると、散布した農薬が表面流出しやすくなります。

そのため、作物の生育の最適化のためには、圧縮度合いによって水や農薬、肥料の散布を調整することが重要になります。

この圧縮度合いについて、Akkerbouwbedrijf Sturmでは、主に二つの方法で計測しているそうです。

一つ目は、土壌の表面を、トラクターに装着したセンサーで観察する方法。

砂やシルトよりも粒子が小さい粘土の割合を感知して、その割合が大きいほど圧縮していると捉えるそうです。

二つ目の方法はトラクターの燃料の消費量です。

圧縮した土壌では、トラクターのタイヤが滑りやすくなるため、耕すのにより大きな馬力が必要となります。

その結果、燃料の消費量が増えるのです。GPSと燃料の消費量のデータをつなげることで、土壌の圧縮が起こっている畑の区域を知ることができます

(ahdb.org.ukより)

オランダでの精密農業導入事例 ② 除草剤の使用を最低限度に抑える

従来の農業では、除草剤は畑一面に散布するものがほとんどでした。

さらに、農薬を売る企業も、必要最小限な量よりも多くの量を使うように、取扱説明書に記すこともあるようです。企業として売り上げを伸ばしたいという意図もあるでしょう。

しかし環境への負荷や、お金を払って使う側の農家の視点から考えると、農薬の使用量は出来るだけ抑えたい。

そのためAkkerbouwbedrijf Sturmでは、従来から経験をもとに、農薬使用量目安の70%まで抑えて使っていました。

そして、農薬使用量をさらに抑えることを可能にしたのが精密農業です。

雑草は、畑一面に一様に生えているわけではないので、繫茂状態に応じた農薬散布がカギとなります。

そこで、GPSの位置情報を介したドローンとトラクターの連携が行われます。

ドローンで畑の航空写真を撮ると、雑草が生えている部分は土の灰色に対して緑色として確認できるそうです。

現状ではまだ雑草を自動認識する機能はないため、ドローン画像を人の目で観察し、パソコンの画面上で緑色の部分を丸く囲みます。

そうすることで、除草剤を散布したい区域を特定し、データ化することができます。

(航空写真に写った雑草を丸で囲む、Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

続いて、そのデータをトラクター兼除草剤散布機に読み込ませ、除草剤散布を指示します。

こうすることで、除草剤が必要な区域にだけ、必要な量だけ、散布することができ、使用量の散布目安の55%まで除草剤の使用量を抑えることができているそうです。

(畑の区域による除草剤散布量を指定するタスクマップ、Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

オランダでの精密農業導入事例 ③ 馬鈴薯の栽培を最大効率化する

フライドポテト用に馬鈴薯を卸しているこの農家では、細長く形のそろったイモを作ることが重要視されます。

(Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

種芋(たねいも)も、ものによって形や大きさが異なり、そこから生えてくる芽の数や、イモの収穫量も変わります。

そこで、種芋を埋める間隔を変えて生育の密度を最適化すれば、生育度合いが調整され、収穫量も最大化することが可能になります。

まず、種芋は大きさによって分けられます。これは大抵、重さに基づいて行われ、ベルトコンベヤーに乗った種芋が秤にかけられ、別々の箱に入れられていきます。近年、この作業はすべて自動化されたそうです。

種芋が入った箱は、トラクターに装着した、種芋を埋めるための作業機に設置されます。

ソフトウェア上で種芋の大きさと間隔の関係を設定し、そのデータをトラクターに読み込ませることで、自動的に個々の種芋の間隔を調節しながら埋めることができます

また、GPSデータと組み合わせることで、畑の脇に来たときは、自動で植え付けが止まるそうです。

つまり、植え付け作業のオン・オフが自動で切り替わります。

(馬鈴薯の植え付け、Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

ところで、馬鈴薯が収穫に近づき、地上部が黄変してきたら、茎葉を刈り取るか薬剤を散布します。

こうすることで、イモが肥大しすぎて中に空洞ができてしまうことを防ぎます。

また、地上部がなくなることで土が乾き、収穫した際にイモに泥が付きにくくなるので、収穫もしやすくなります。

場合によっては、ウイルスを抱えて茎葉に飛翔してくるアブラムシ、そのウイルス病がイモにうつることを防ぐという目的もあるようです。

同農家では、薬剤を散布することで茎葉処理をしているそうです。

ただ、これも除草剤と同じく、畑一面に散布するのでは茎葉の量が少ない区域にも多い区域と同じだけ薬剤を使うことになり、費用と環境負荷が大きくなります。

そこで除草と同様に、ドローンで畑の様子の航空写真を撮り、緑の密度によって薬剤を散布することで、必要な場所に必要な分だけ薬剤を散布することができます。

(cropaia.comより)

オランダで精密農業の導入・維持にかかる費用は?それに対する効果は?

以上、オランダでの精密農業の活用事例、いかがだったでしょうか。
 
手間が省けて、除草剤も節約できて、メリットは沢山。
 
ただ、これだけのデータを集めて処理するには、機械やソフトウェアに投資をする必要があります。
 
Akkerbouwbedrijf Sturmの方から、大まかな費用を教えていただきました。
 
精密農業の導入形態で千差万別ですが、このくらい掛かるのかという感覚をつかんでいただければ幸いです。(※参考に、1ユーロ120円として、円建てに換算したおよその金額も載せました。)
 
  • トラクターの初期投資:€100,000(約1,200万円)
  • 薬剤散布機(wing sprayer)の初期投資:€25,000(約300万円)
  • 場所と散布量を掛け合わせた地図を作るソフトウェアのライセンス料:€2,000(約24万円)
  • 土壌の圧縮度合い計測・データ ライセンス料:年間€300(約3.6万円)
  • 位置情報を使い、種イモの植え付けを自動でオン・オフにするソフトウェア:€4,000(約48万円)

これらのコストに見合う便益が得られているか、定量的で包括的なデータは残念ながらありません。

ただ、お話しによると、少なくとも以下のような節約があるそうです。

  • ドリフト(飛散)の減少により、農薬の散布量を10%削減。つまり年間€75,000の農薬代の内、€7,500(約90万円)の費用削減
  • 畑の脇に誤って埋めてしまう種イモがなくなり、年間€1,000(約12万円)の節約

(羽(wing)の様に散布(spray)するのでwing sprayerと呼ばれる薬剤散布機、Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

精密農業を導入してみて見えた長所・短所(挑戦)

農業先進国のオランダでも、精密農業の市場はまだまだ発展途上。

多くの企業が参入し、様々な農業機械やソフトウェアが開発され、市場シェアを取ろうと競争しているようです。

このため企業は、出来るだけ早い段階から多くの農家に商品やサービスを届け、フィードバックを受けて改善し、市場シェアを確保したいと考えている様子。

したがって、農家にとっての初期投資(精密農業に対応した機械やソフトウェアの購入費用)は、比較的安価に設定されているようです。

しかし、最終的に企業は、採算をとるために、これらの価格を本来の水準に戻すでしょう。

農家にとっては、比較的お得に設定された初期投資コストだけでなく、毎年のライセンス料や機械への投資を考慮する必要があります。

投資によって得られるはずの「従来型の農業以上の利益」で、コストを賄えるかが課題となります。

加えて、精密農業の技術はまだ発展途上段階にあるため、ソフトウェア等が上手く機能せず、農作業がたびたび中断してしまうこと、農家がソフトウェアを使うのを諦めてしまうことも多々あるそうです。

(precisionagricultu.reより)

利益面ではどうでしょうか。

残念ながら、「精密農業」としての付加価値が作物につかないのが現状のようです。

例えば有機農法の作物と比較してみましょう。

様々な国・地域で有機認証の仕組みが存在しており、その認証を取得しラベルを張ることで、お客さんに対して高い値段を正当化できます。

他方、精密農業には認証といったものは存在しません。

たとえ農薬の使用量を従来の70%に抑えることができたとしても、それが付加価値とは認められることは少ないです。

フライドポテト用に大量に取引される馬鈴薯や、欧州とは対照的に有機野菜の市場ですら未熟な発展途上国に輸出される作物に関しては、なおさらです。

つまり、慣行農法の作物と同じ値段で売るしかありません。

精密農業にかかる費用は、売り上げの増加よりも費用の削減で賄う必要があるのです。

もちろん挑戦ばかりではなく、精密農業のお陰で改善される点もあります。

上述したように、肥料や農薬の使用量が最低限度まで削減されること。

これは生態系や人体への影響の削減、薬剤耐性の防止、そして農家にとってはコストの削減になるのもよいことです。

ただし、今回の視察を通じて、精密農業の導入が簡単に成果をもたらすほど甘くはないようです。

Akkerbouwbedrijf Sturmでは、今のところはまだ増収の効果は感じられていないそうです。

精密農業を当面続けていく中で、「これが将来歩むべき道、農業のカギとなるのかを見極めたい」と話していました。

(播種機。玉ねぎ・人参・砂糖大根などに使われる、Akkerbouwbedrijf Sturm提供)

オランダ精密農業現場の視察を終えて思うこと

農業先進国と呼ばれるオランダにおいてすら、まだ発展途上段階にある精密農業。産学官連携や技術の更なる発展で、どのように進歩し普及していくのかは気になるところです。

農業による地球への負荷が一般にも理解され始め、持続可能な発展の必要性が叫ばれる中、精密農業はそのカギとなり得るのでしょうか。

また、このように農業分野の効率化・自動化を進めた先にある世界はどのようなものなのでしょうか。

もちろんこれからの農業のあり方を考えるとき、ある一つの方法が絶対になるということはないと思うので、精密農業が有機農法や慣行農法、自然栽培とどのように共存していくのかも気になります。

以上、ご覧頂きありがとうございました!

水城の編集後記

「精密農業(英語ではPrecision Agriculture)」、オランダの農業ニュースや、ワーヘニンゲン大学など、研究開発分野でよく見聞きするキーワードです。

私は普段は施設園芸関係の視察がメインなので、畑作現場での精密農業がどの程度進んでいるのか詳しくは知りませんでした。

今回のレポートは、具体的な使用例だけでなく、費用面や実際のオランダ農家さんの精密農業に対する考えもあり、私自身とても勉強になりました。

また、「精密農業が将来歩むべき道、農業のカギとなるのかを見極めたい」と、まだまだ発展途上の技術を積極的に取り入れて、経験値をため、将来にポジティブに備えているこのオランダの農家さんから、

世界の農業をリードしているオランダ人らしい積極的な姿勢と、グローバルな競争や環境問題対策への危機感も伺えました。

森田さん、素晴らしいレポートをありがとうございました!

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